soarに掲載予定だった取材記事の取り下げについて

わたくし宇樹は2020年の年末ごろにWebメディア「soar」から取材依頼を受けました。当初起きていたことは知らなかったために喜んで依頼を受け、ライターさんに記事を描いていただいて、この春に記事を公開する予定で作業を進めていただいていました。

しかしその作業中、soarから(元)理事解任についてのリリースがありました。

理事解任のお知らせ

以来、記事担当の方とも相談しながら前後の流れを見ていましたが、このたびsoarに対し、冒頭の取材記事の取り下げをお願いする次第となりました。

以下、あくまで自分のために、次に当事者のために、少し思うところを記します。

元理事の鈴木氏は私にとって、あまり親しいとは言えないものの仕事以外でもつながりのある友人です。soarに対しても私は単なる読者よりは近い位置関係にあったと思っています。このような立ち位置にいることもあり、今回の件について思ったことは、自信を持っては断言できない意見も含めて山ほどあります。体調にも影響していて、思い悩んでいたと言ったほうが実情に近いです。同じような状況に陥っている人は鈴木氏とsoarの周囲にたくさんいることでしょう。

しかし、作り手側の内情は、soarのコンテンツの受益者である読者や、その外側にいる第三者の方々にはまったく関係がありません。

私が今からあとのタイミングでsoarに登場するか否かは、読者である当事者にとって、当事者・ピアである宇樹が「あのsoar」の「味方」であるか否か… つまり彼らの「敵」であるか否かのメッセージになりえます。

当初は「宇樹は当事者の敵なのか味方なのか」という嵐に巻き込まれたくないという保身の気持ちもありました。しかし今は保身以上に、読者の方を傷つけたくない気持ちのほうが強くなっています。

私はひとりのトラウマ性疾患の当事者として、当事者にはそういったセンシティブで激しい反応(フラッシュバック)が起こることを共感をもって理解できます。「自分はフラッシュバックのトリガーになるようなコンテンツをネット上に放流する側に回りたくない」という気持ちが強いのです。

この件を知るまで、私にとってsoarは憧れの、奇跡的にクリーンでグッドなメディアでした。記事を目にするたび、福祉に近い分野でこのような良質なメディアが経営的に成り立つものなのだと驚かされたのです。ですから昨年の年末に取材依頼を受けたときには嬉しくて、私もついにあのsoarに取材を受けるようになったのかと思ったものでしたが…

今回、(元)理事解任前後のsoarの動きが明らかになるにつれ、私はsoarを「当事者のためのメディア」として信頼できなくなっていきました。自分の中にはsoarに救われエンパワーされる部分も多くあったため、私は「奇跡はそうそう起こらないのだな」とたいへんショックを受け、失望しました。

現時点で最新のリリースで発表されましたが、外部の相談窓口を設けたのはとても良いことだったと思っています。

活動体制等の改善に向けた取り組みの進捗について

しかし私は、

  • 代表の工藤さんが鈴木氏による性的加害の事実を把握していた時期に「加害者と被害者が対話の場に乗るのはすばらしいことだ」といった主旨のnoteを書いていらしたこと
  • べてぶくろでの性的加害が明らかになって当事者研究のあり方に批判が向けられるようになったあともsoarは当事者研究を単純に称揚するような記事のみ作っていたこと
  • その他Twitterでのsoarに関する複数の人の発信など

から、soarが性的加害を少なくとも温存するような空気のもとにあったであろうことを読み取りました。

「当事者のため」を謳う人たちが実は加害の空気を温存しているというのは、とても罪深いことだと思います。これは例えば、人を救うべきカトリック教会で信徒に対して連綿と性的加害が行われてきたのと相似形だと思います。

こうした表向きにはクリーンでグッドなコミュニティで加害がされ続けた場合、当事者は何重にも苦しみます。味方のはずの人が傷つけてくる、誰かに訴えてもまともに聞いてもらえず、逆にお前が悪いと言われる…

こういったわけで、私は当事者のことを想ったとき、少なくとも「soarの側に立つ」ことはできない。そう考えて記事の取り下げをお願いすることを決意し、またこの発信を行うことを決めました。

現時点でこの件について私が言えることは以上です。

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