谷田さんのこと ―『80年生まれ、佐藤愛』こぼれ話

2021年春に出した私小説『80年生まれ、佐藤愛』のこぼれ話。今回は第三章の会話中に名前だけ登場する谷田さんについて。

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私が小学校5,6年のときに同じクラスだった谷田さんは極悪ないじめっ子。身体の迫力や容姿が単純にスクールカーストに影響する部分の大きい子どもの世界で、美人で発育もよかった彼女はクラスの女子のボスとして君臨していた。彼女の行ういじめは非常に巧妙で、何がどう転んでも彼女が周囲の振り回されるのを見てほくそ笑むように組み上げられていた。

彼女からいじめられなかったとしてもいろいろなことに苦しみながら生きていた私は、彼女自身が何らか深く苦しみながら生きていたらしいことは想像がついていた。彼女の母親が「この子は本当に気が強くてきかん気で、私と床を転げ回りながらつかみ合い殴り合いの喧嘩をするんです」と当たり前のようにぼやいていたのを聞いたとき、いや、そういうのってそんなふうに親がぼやいているだけでいい問題なのだろうか、と思ったことがある。

いじめられっ子の好きな子の名前を巧妙に聞き出し、周囲の取り巻きを使ってクラス中に言いふらし、晒し者にしてからかういじめのターゲットにされたときには、世の中にはこんなに巧妙なことを考えられる人間がいるものなのだとめまいがした。彼女はまず「佐藤さんの好きな子って誰?」と聞き、言いたくないと言うと「じゃあクラスの席の右半分か左半分かどっちに座ってる子かだけ教えて」と食い下がり、次に「じゃあ右側の何列目? 真ん中かどうかだけ教えて? じゃあ左? 右?」と来る。列を突き止めたらもう向こうのもので、あとは◯◯くん? ✕✕くん? と名前を挙げて、こちらの表情を見ながら暴き出してしまうのだ。

彼女には誰かの大事なものを隠して、周囲がないないと騒いだり、その場で立場の弱い子に罪がなすりつけられたりする様子を見て楽しむという悪い手癖もあった。私は彼女と一緒に参加した誰かの誕生会のお返しプレゼントでそれをやられ、私に罪がなすりつけられた。彼女は周囲を振り回す快楽に魅せられてしまったようであちこちでそれを繰り返すようになる。私の誕生会でもやったし(母が、谷田さんが誰かの帽子をソファの隙間にそっと隠すのを目撃していた)、私の買ってもらったばかりの可愛い上着をクラスのサブボス女子である灰田さんと共謀してどこかに隠したうえ捨ててしまった(らしい)こともあった。

彼女は自分のやったことが明らかになって母親が学校に呼ばれると面談の場でヨヨヨと泣き、ひどい、私を疑うなんてといかにも悲劇的な面持ちで同情を誘おうとするのだった。結局私の上着を捨ててしまった事件では彼女はウヤムヤに無罪放免されたうえ、母親から直後に新しい服を買い与えられて嬉しそうにしていた。

そんな彼女の天下にも終わる日が来た。彼女から加害されたくないばかりにクラスの女子の大半が彼女の取り巻きに回るのが谷田専制政治だったが、彼女が取り巻きに入れない私のような子をターゲットにするだけでは飽き足らず取り巻きまでもターゲットにしはじめ、忠誠心を確認するためか誰が寝返っただの裏切っただのと言い立てて締め付けを強めたため、下剋上が起きたのだ。

いつも群れて動いている取り巻きの子らが一度「谷田さんはひどい」と言い出すと一気に事態が逆方向に流れ出した。複数人がぶつぶつと被害を報告しながら谷田さんに詰め寄る中、取り巻きの中で最も忠誠だった子が突然「テメーの支配にはもうこりごりなんだよ!」などと声を荒げる。いつも谷田さんと行動をともにして一緒になって皆をいじめていた灰田さんはこの瞬間に谷田さんへの忠誠を捨て、一緒になって谷田さんを罵りはじめた。

私はそれまで谷田さんのことを怖いと思っていたが、いちばん怖いのはこうした集団の空気によってこうも簡単に言動を変えてしまう谷田さん以外の人たちだと思った。

谷田さんへの壮絶な制裁が始まった。谷田さんが皆にしていたことを今度は谷田さんがその一身に受けるようになった。無視、バイキン扱い、給食を配らない、机にゴミを詰め込んだり死ねと書いたりする、持ち物を捨てる、可哀想に思って近づく子を裏切ったと言ってひどくいじめる、ひそひそと噂話をして嘲笑し、本人が来たらピタッと話すのをやめる……

谷田さんの顔からはみるみるうちに表情が消えていった。掃除の時間、雑巾を手に持ってかがんだまま虚空を見つめたりしている。もはや彼女が話すことができるのは、そもそも灰田さんたちのような取り巻きグループにさえ入れないいじめられっ子の私ぐらいだ。彼女は光のない目をしたまま「最近ね、鏡を見ながら笑顔の練習してるの。美しくなるには笑顔が大事なんだよ。こうやって口角を上げるの。笑顔の練習♪」と言ってニッと口元だけ笑ってみせた。

私は、自分が彼女からされたことはまた別の話として彼女のことが不憫でならなかった。今起きていることのそもそものきっかけは彼女の悪行であったとはいえ、あまりにひどすぎる仕打ちではないだろうか。彼女の悪行だって、何か裏に矢も盾もたまらないような事情があってのことかもしれないじゃないか。

彼女はまもなく学校に来なくなり、彼女が来ないまま私たちの小学校6年生の時期は終わりを迎えた。

彼女が小学校を卒業できたのかはわからない。私は中学から遠くの私立に進んだ。数年経ったころ平日の昼間、通学経路の駅で見覚えのある女の子が大学生ぐらいの男にしなだれかかって歩いていると思ったら谷田さんだった。平日の昼間、中学生と大学生ぐらいの男の組み合わせ……

私に気づいた谷田さんは「やだーやばーい」などと神経質な笑い声をあげ、男の顔を媚びるように覗き込んでよりいっそう彼にしなだれかかっていた。

それ以降、谷田さんの消息はわからないというか、私自身がいじめられたまま小学校を卒業して連絡をとれる同級生もいないから探りようがない。

私はずっと彼女の身を案じているし、おかしなシンパシーを感じている。彼女にいじめられていた頃から、40を過ぎた今もずっと。

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