発達性トラウマ障害とは? 定義、症状、歴史、診断名なのか ほか

自分のトラウマ治療をしていたら「発達性トラウマ障害」という概念に出会い、どっぷりはまってしまった。発達性トラウマというキーワードは現在、精神医学や臨床心理の分野でホットらしい。

発達性トラウマという枠組みは、多くの苦しむ当事者、また彼らに関わる支援者や専門家たちに一本の進むべき道筋を示すものとなりうると思う。ただし問題なのは、「発達性トラウマ障害」は、少なくとも現時点では診断名ではないということだ。

診断名のようで診断名でない概念は、うかつに扱うと「HSP」や「大人の愛着障害」といった用語のように、当事者から金を巻き上げる怪しいビジネスに利用されるインチキ診断名として悪用されてしまいかねない。いち当事者としての語りにはなってしまうが、今のうちに一度、発達性トラウマ障害について整理しておきたい。

発達性トラウマ障害とは ―定義

まずは専門家の記述を引用する。

幼少期の慢性的なトラウマによって生じる心身の不具合のことを「発達性トラウマ障害」と呼びます。

『その生きづらさ、発達性トラウマ?』花丘ちぐさ・著 春秋社 2020

「発達性トラウマ障害」は、発達とともに変化していくトラウマを負った子どもの状態を包括的にとらえる概念で、診断名として用いられる「複雑性PTSD」より、さらに幅広い病態を含みます。

『子どものトラウマがよくわかる本』白川美也子・監修 講談社 2020

前者での説明はどちらかというと大人の病態までも含むもので、後者での説明はどちらかというと子どもの病態に寄ったものになっているようだ。双方の説明に共通して私が読み取れるのは

発達性トラウマ障害とは、幼少時からの慢性的なトラウマによって起こる症状を包括的に捉える概念で、診断名ではない

ということだ。

発達性トラウマ障害が「診断名ではない」のはなぜか ―概念の歴史

「発達性トラウマ障害」が診断名でないのには、精神医学の歴史が関わっている。

もともと、現在で言う発達性トラウマ障害に類する症状を示す人は、境界型パーソナリティ障害(いわゆるボーダーライン)とか診断されることが多かった。慢性的で複雑なトラウマが原因だという観点が専門家の側にもなかったから治療は手探りで、当然よくなるものもよくならない。結果、当事者は単に難治性のじゃじゃ馬のようなイメージで、「試し行動をする」とかいって医者から敬遠されたりしていた。20年前とかその頃はそうだったのだ。私はいま40だが、自分が若かった頃に自分のような当事者たちがどのように扱われていたかを、絶望的な気持ちとともによく覚えている。

しかしそんな一方、精神医学の側で、トラウマ性疾患への気づきはゆっくりと進んでいた。アメリカでベトナム戦争退役軍人のPTSDの研究が進むうちに、専門家の中で「単回性のトラウマだけでなく、複雑なトラウマの存在を念頭に入れた治療が必要だ」という認識が広がった。発達性トラウマ障害にあたる概念を診断基準として認めさせようと頑張ったのが、ヴァン・デア・コークやジュディス・ハーマンという人だった。これが2000年前後のこと。

しかし紆余曲折あって、やっと認められたのは「PTSD解離型(DSM-5、2014年)」「複雑性PTSD(ICD-11、2019年)」だった。コークらはDESNOS(他に特定されない極度のストレス障害)という、これらPTSD解離型や複雑性PTSDに身体化症状の項を加えた診断基準も作ろうとしたが、疫学上、わざわざ別の診断名を作るメリットがないとして却下されてしまった。

DESNOSが却下されるのだから、さらに包括的な概念である発達性トラウマ障害が診断基準として採用される可能性は今後も低いだろう。ただ、目の前のクライエントが発達性トラウマ障害かもしれないこと ー彼らが幼少期からの慢性的で複雑なトラウマにさらされてきた可能性― を念頭に入れて治療にあたるのは、本当に治せる治療を目指す臨床家にとっては不可欠な態度だと思われる。これは、最近重要視されている「トラウマ・インフォームド・ケア(TIC)」、あなたの症状はトラウマのせいですよと知らせたうえでトラウマに対してアプローチしていく治療方法につながっていく。

つまり、発達性トラウマ障害とは、「困っている当事者を助ける/困っている当事者が助かる ために仮定しておいたほうがよい枠組みとしての概念」だ。これは単純に心構えの話で、精神科医が目の前の患者が発達性トラウマ障害だなと思っても、診断名としては複雑性PTSDとかPTSD解離型とか境界型パーソナリティ障害とかつけて、「でもあなたは実態としては発達性トラウマを抱えていると思います」とか補足する形になるだろう。だから、発達性トラウマ障害は、この概念でもって診断してどうこうとかするための便利で簡単なモノサシではない。

発達性トラウマ障害にはどんな症状があるのか

発達性トラウマ障害は、実にさまざまな症状を示す。

脳が大きく発達する乳幼児期に慢性的なトラウマや逆境的体験にさらされると、この時期に養育者(主に子どもを育てる大人、多くの場合は親)との関係性の中で醸成されるべき、脳・自律神経系の自己調節機能が破壊される。脳・自律神経系は心身両面の自己調節を司っているので、精神的な不安定さだけでなく、内科的・整形外科的な異常も起こしやすくなる。これを「自己調節機能の不全」と言う。

結果、精神的にいつも不安定で扱いづらく、身体が弱く、いつも身体のどこかの調子が悪く、安定した対人関係を作るのが苦手で、いつも不安で生きづらい人ができあがる。PTSDにあるようなフラッシュバック(トラウマ記憶が突然頭の中で蘇って圧倒される)や、それを回避するための問題行動も起こる。こうした人が大人になって病院に行くと、実にさまざまな診断がつく。精神科だけでも、摂食障害、アルコール・ギャンブル依存症、強迫症、境界性パーソナリティ障害、解離症、難治性のうつ病、双極性障害、統合失調症、身体化障害などなど。身体科の分野でいえば、微熱、嘔気、頭痛、腹痛、慢性的な不眠、疲れやすさ、原因不明のアレルギー、慢性疲労症候群や自律神経失調症など。「診断名のデパート」という言葉が、発達性トラウマを抱える人の苦しみをよく表していると思う。

「インチキ診断名」を増やさないために

メンタルヘルス界隈で取りざたされている、診断名のようで診断名でない呼称として、ここ数年では「HSP」や「大人の愛着障害」があげられる。もう少し前はAC(アダルトチルドレン)や毒親育ち、墓守娘などがブームになった。

こうした診断名のようで診断名でない呼称は、もともとは当事者側のニーズや、専門家の臨床的な肌感覚から生まれるもので、スタートにおいては悪いものではないと思う。しかし、常に、既存の精神医学の診断名とどこがどう同じでどう違うのか、また、多くの病気が当該の概念で説明できてしまう場合、いったいどういう理屈でそう説明できるのかに皆が意識的に注意を向けつづけていないと、HSPのように、高額なセミナー料金を巻き上げるインチキセミナーのネタにされかねない。ACや毒親なんかも、いいセラピーとインチキなビジネスが玉石混交の印象があった。

発達性トラウマ障害という概念に助けられた当事者として、インチキ側からの悪用や当事者側からの誤用には常に目を光らせていたいと思う。

補足:発達性トラウマ障害と発達障害の関係、違いは?

質問があったので補足しておく。発達性トラウマ障害と発達障害は、まったく別のものだ。ただし、言葉の響きが似ていることと、双方に自己調節機能の不全という非常に似通った症状があること、また、発達障害のある人が育つ過程で発達性トラウマを負いやすい(つまり発達障害と発達性トラウマはわりと併存する)ことで、ものすごく複雑な印象になっている。

発達障害は Developmental Disorder、「発達がorder(既存のルール)どおりでないこと」みたいなことだ。

発達性トラウマ障害は Developmental Trauma Disorder、「発達上のトラウマによる・症候群」みたいなことだ。

disorderを日本語にどう訳すかがややこしいのがもうひとつの混乱の原因だと思っている。現在、disorderの訳は、障害、疾患、症候群、症、と多岐にわたっているのだ。

補足2: 発達性トラウマ障害と複雑性PTSDの違い

発達性トラウマ障害と複雑性PTSDの違いは、基本的には「幼少期から、という観点があるかどうか」だ。複雑性PTSDというとたいていは幼少期からのトラウマによるものだから、実質的にはあまり違いがないと考えてもいいかもしれない。

複雑なトラウマからくる症状の集まりが複雑性PTSD。

幼少期からの複雑なトラウマからくる症状の集まりが発達性トラウマ障害。

幼少期からの複雑なトラウマのある人が複雑性PTSDと診断された場合、発達性トラウマ障害の概念が複雑性PTSDの概念を包括する形になる。さっきの図1をもう一度見てもらうとわかりやすいかもしれない。

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